読書を楽しむ「宮下奈都 よろこびの歌」
高校に入学して以来、御木元玲は洗濯籠にいる 自分のイメージが離れないでいた 周りは真っ白に洗い上げられたシャツで 自分だけが洗い直されていないシャツみたいだった 母が名の知れたヴァイオリニストの中学生・御木元玲は音大の付属高校に入り、 そのまま大学へ、さらに大学院へ進むつもりでいた。 ところが、受かると思い込んでいた高校に落ちた。 幼い頃から音楽に慣れ親しんできて、音楽と共に生きていくのが当たり前だった。 何とか滑り込んだ学校は数年前にできたばかりの新設校だった。 普通科しかない学校で音楽の勉強はできなくなった。 挫折感から同級生との交わりを拒み、母親へのコンプレックスからも抜け出せない玲。 しかし、校内合唱コンクールで指揮を依頼される。 練習の初日、放課後の教室に集まったのは31人中5人だけだった。 玲は歌う候補曲を「麗しのマドンナ」に決めた。 結局コンクールでは歌は一本調子で、ピアノ担当はミスばかりしていた。 クラスの一体感もなく終わった。 高校の次の行事が初冬のマラソン大会だった。 玲は運動神経が並外れて悪かった。 スタート時点で足が重かった。 半分泣きそうになりながら走ったが足も痛く、脇腹も痛い。 校門をくぐると玲が最後の生徒だった。 そのとき、どこかで聞いたことのある歌が聞えてきた。 コンクールで歌った歌だった。 誰かに届けたい思いを声を合わせて歌っていた。 こころが叫ばなければ気持ちは伝わらない。