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読書を楽しむ「三上 延 百鬼園事件帖」

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昭和初頭の神楽坂

私立大学のドイツ語部教授・内田榮造/筆名・内田百間と

大学生・甘木は

行きつけのカフェー「千鳥」で親しくなるが

教授と行動をともにするうち

甘木は徐々に得体の知れない怪奇現象に巻き込まれる

甘木は、週に一度「千鳥」を訪れているが、極端に印象の薄い人間で女給たちに覚えられていない存在だった。大概はビールとカレーライスを注文していた。隣のテーブルで黒縁の眼鏡をかけた中年男がアイスクリームを食べていた。男は甘木が通っている私立大学のドイツ語部教授・内田榮造だった。教授は甘木の名を知っていて一緒に食べようと誘った。二人の背広は偶然同じ灰色で柄は細かな格子縞だった。教授とビールを何杯か飲んで上着を抱えて店を出た。途中で背広を着ようとしたら自分の背広ではなかった。その背広は教授の物だった。甘木の背広は友人の青池から借りた物で、教授の背広は教授が夏目漱石の門人だった時に形見分けでいただいたものだった。その晩、甘木は夢を見た。灰色の背広を着た男が黄色い手拭いを蛇に変えようとして、川に沈んで行く夢を繰り返し見た。背広の男は教授のときもあり、青池の時もあり、甘木の時もあった。身体の芯が凍えきり、手足は煮えるような高熱だった。教授に話すとその夢は漱石の「夢十夜」の中に似た話があった。(背広)

「千鳥」に春代という女給がいて具合が悪いと言って店を休んでいた。女給の宮子と甘木は見舞いに行くことになった。春代の家には猫が三匹いた。近所で生まれた猫を亡くなった家族と同じ数だけ貰っていた。階段の一番上にいた白い猫が「助け、てくれ」と甘木に言った。彼は驚いて春代の家を飛び出していった。(猫)

教授が「千鳥」に置き忘れた山高帽子の入ったボール箱を甘木が届けに行ったら書斎にあった原稿用紙に奇妙な絵が描かれていた。眼鏡をかけた男の上半身と、その男の鼻から糸のようなものが延びて大きな渦巻きを形づくっていた。その渦巻きの中に男とそっくりの人物の全身が描かれていた。「百間先生邂逅百間先生図」と題名が添えられていた。図は芥川龍之介が描いたものでドッペルゲンガーという西洋の怪談にでてくる本物そっくりの分身だった。甘木は市電に乗ったときに、5年前に亡くなった杖をついた芥川龍之介が目の前に現れた。千鳥にも何人ものドッペルゲンガーが現れた。芥川の杖は教授が芥川の葬儀に参列し忘れてきた杖だった。教授には昔、甘木と同じように親しくしていた学生・伊成がいた。その学生が在学中に体調を崩し、卒業してすぐに亡くなった。(竹杖)

百鬼園とは内田榮造こと内田百間の別号。

伊成は夢を見ていた。大正14年に昭和8年の新聞の号外を見ていた。先日誕生された皇太子殿下のお名前が「昭仁」に決まったという内容だった。伊成は結核を再発させ余命は残り半年か1年だった。夢の中には地下のプラットフォームに入ってくる電車も出てきた。昭和8年の春、甘木は花見に誘われ玉川上水にかかっている古びた木橋で山高帽子が桜の花弁をかぶっていて、帽子のかげから灰色の毛並みが覗いていた。胴の長い狐だった。狐はいなり屋という料理屋へ消えていった。半年あまり怪異には近づかないようにしてきたが狐に誘い込まれ屋敷から出られなくなっていた。文机が置いてある部屋に写真立てがあり内田教授と3人の学生が写っていた。いなり屋には昔から狐が棲みついていた。(春の日)

4つの物語すべてが怪奇現象ミステリーで読書の秋に相応しい作品でした。摩訶不思議なことばかりで頭がついていかないこともあるかも知れないが、それはそれでおもしろい。


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