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読書を楽しむ「湯本香樹美 夜の木の下で」

CIMG6309.JPG                                弟・俊彦は午前1時の雨のふりはじめの時間に                                              酒を飲んで自転車を運転し、タクシーに接触し、転倒し                                           頭を強く打ち、人工呼吸器の力を借りて眠り続けている                            姉の啓美は、鈍行しか停まらない私鉄の駅から歩いて20分強の築15年の                              アパートの角部屋の弟の部屋にいた。                                        弟がこの場所を選んだのは植物の濃い気配が好きだったから。                                      姉弟のふたりは両親を早くに亡くし、遠くに10年近く会っていない叔母が                                   ひとりいた。                                                      缶酎ハイを飲みながら思い出す。                                             啓美は去年の夏、ブレーキとアクセルを踏み間違えた車が歩道に突っ込むのを                            目の当たりにした。                                                10メートル先を歩いていたら命を落としたかも知れない。                                私は命拾いしたけど今度は弟に回ってきたのかも知れないと思った。                                  運命を衣服のように来たり脱いだりできるなら、自分が生き延びた幸運を                                             弟にも着せてあげたい。                                          姉の思いと弟の弟の思いが過去を回想する。                                      会社を出て駅に向かう道沿い、マンションと歩道の間の小さな公園。                   ベンチでひとり酎ハイを飲む28歳の男。                                          老いた木が花を咲かせ、クスノキは強く香っていた。                                  猫たちが集まってきた。                                            小学生の頃、庭で野良猫が生んだ3匹の仔猫を母が川へ捨てようとした日。                             猫を貰ってくれるひとを探して猫を飼っている婆さんの家を訪ねたが、そこは                      ゴミ屋敷で異臭を放っていた。                                      1本のクスノキを背に赤ん坊を抱き上げている長いベールの女の像の足元に猫を                   入れた箱を置いて扉を叩いて茶色い長い服を着たひとが現れたので走って逃げた。                姉はあの子たちは大丈夫だからと言ってくれた。                              生死を彷徨う弟は猫たちがどうなっただろうと考えていた。                           何かが身内に起きた時、ひとは過去を回想する。                                  楽しかった思い出もあれば、隠しておきたい秘密もある。                             そんなことを懐かしむ気持ちがなんとも切ないが大事なことでもある。


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