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読書を楽しむ「夏川草介 臨床の砦」

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北アルプスの麓にある信濃山病院は

地域で唯一の感染症指定医療機関

この病院でコロナ診療が始まったのは

1年前の2月のクルーズ船の患者を受け入れた時

1年近くコロナ診療に従事し、多くの患者を治療し、無事退院させてきた。診療開始初期は、感染対策は不明、治療法は不明、死亡率は不明、後遺症も不明という、なにもかもが未知の領域で、手探りの医療だった。敷島寛治は18年目の内科医で専門は消化器で第一線の臨床医であったから多くの肺炎も治療してきていた。病院の病床数は200床に満たず、呼吸器や感染症の専門家はいないため、重症患者の治療は困難であることから市街地にある筑摩野中央医療センターに患者を搬送していた。センターは複数の呼吸器内科医が所属し、病床数も460床あった。1年近く信濃山から医療センターへ搬送した患者は数名だったが、年末から様相が大きく変わり始めた。搬送患者が今年に入り1月3日で3人。発熱外来の受診者は31人で10人が陽性者だった。1月7日には一都三県に緊急事態宣言が発出された。信濃山病院が確保している感染症病床は6床で軽症から中等症と言われる領域の受け入れをしていた。近隣の病院が受け入れを拒否していることから20名を超える患者を受け入れ、個室に二人を押し込むなど非常策で対応し、それでも入院できない患者ははるか遠方の病院に搬送し、自宅待機の患者さえ出ている。1年近くの長期にわたる消耗戦で確実に疲弊している小さな病院に大量の患者が押し寄せてきている。敷島はいう「この戦、負けますね・・・」。1/13には緊急事態宣言が11都道府県まで拡大した。事態は敷島の知る「医療」ではなくなっていた。ほとんどが流れ作業のような状況になり、ひとりひとりの患者の顔も覚えていない、入院適応と判断した患者が、どこの病院に運ばれたかも把握していない。そして、高齢者施設でクラスターが発生した。感染症病床を増やせば、一般医療は制限を受けることになる。病院が対応が困難だから、患者を断るべきなのか、病床が満床だから拒絶すべきなのか、コロナ患者を受け入れる準備が整っている病院でしか患者を受け入れる選択肢がない。信濃山一帯にあるすべての病院はコロナ患者と聞いただけで信濃山病院に患者を送り込んでいた。敷島たちは、この問題に正解がないのは知っていた。だからと言って逃げ出すのは違うという気になっていた。

現役医師としてコロナ禍の最前線に立つ著者が自らの経験をもとにして克明に綴ったドキュメント小説。先を読めば読むほど医療体制の抜本的改革が急務のように思う。コロナ患者を積極的に受け入れる民間病院はほんの一握りしかないことが問題なのだ。本当は医療はひっ迫していないということもいえる。感染症指定病院だけが医療がひっ迫しているのだ。それは臨床の砦にならざるを得ないからだ。


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