読書を楽しむ「夜釣十六 楽 園」
橘 圭太30才 九州生まれで福祉系の大学に入学したが留年し資格も取らずに卒業した 駅前ビルの警備員として働いている アパートのポストに「引き継いでもらいたいものがある。ウィジャヤクスマを 見においで。」一度も会ったこともない「祖父」から届いた一通の葉書。 差出人・中原政二の住所は渦守という炭鉱で栄えた村からだった。 パチンコで稼ぎを食いつぶす圭太が遺産でももらえるかと出向いた先は、 炭鉱時代の住宅が廃屋となっていた。 現れた祖父は前歯の欠けた口で中原政二だと名乗った。 トイレは四角い穴があり悪臭と蠅が飛び回っていた。 コウモリのスープを食べ、引き注いでもらいたいウィジャヤクスマの花を 見せられた。花が咲くまでここにいろと言われる。 そして、祖父と圭太の共同生活がはじまる。 圭太は母親に祖父のことを話すと去年の夏に亡くなったと言った。 祖父は南洋に出征し、敗戦から7年して故郷に戻り、所帯を持ち、 圭太の母親が生まれたが仕事もせずに土いじりばかりしていたため 祖母は一人娘の母を連れて村を出た。 敗戦から7年間祖父はバハギアという島国の独立戦争に関わっていた。 祖父は妙な花の世話ばかりしていたと言った。 日が沈み花のつぼみがほころび、月明かりの下、純白の花が開いた。 甘く、青みを帯びた芳香が漂う。「ここは楽園やな」と言った。 ウィジャヤクスマ=月下美人と日本では呼んでいる。 戦後70年余りが経過し戦争体験者と接する機会は失われつつあり、 この物語は記憶の継承をテーマに書かれている。 そういう時代を生きた人からすれば花一輪でも楽園に見えるのかも知れない。