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読書を楽しむ「夏川草介 始まりの木」

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国立東々大学の偏屈な民俗学研究室の准教授・古屋神寺郎と

学生・藤崎千佳がはじめて出会ったのは文学部2年の夏だった

古屋の講義を聴いて民俗学の世界に足を踏み入れる最初の一歩になった

そして、足の悪い教授の荷物持ちとして全国を旅することになった

9月の弘前。津軽の豪商・津島家の屋敷を訪問し、二曲一双の屏風に描かれた古い町の景色を眺めながら巨木の存在を知り、それが市に祀られる市神としていた風習だと学ぶ。縄文文化の中に巨木信仰があった。ふたりは岩木山の南麓にある嶽温泉にある「嶽の宿」に宿泊した。ここは古屋の亡くなった妻の実家だった。日本人にとって、森や海は恵の宝庫であり、生活の場だった。そしてそれらがそのまま神の姿になった。

11月の京都。岩倉の土方鍼灸院を古屋の足の治療のために訪問した。鍼師は古屋の中学からの幼馴染だった。実相院の床もみじを堪能して午後は学会の講演会に出席することになっていた。比叡山電車岩倉駅前で松葉杖を抱えた血の気のないやせた画材道具を持参した青年に出会い鞍馬まで同行することになった。青年は鞍馬の手前の無人駅で下車しポストカードをふたりにプレゼントした。鞍馬の駅でプレゼントされたポストカードを眺めていると初老の男女に声をかけられカードをどこで手に入れたかと尋ねられた。電車の中で一緒になった人から貰ったと言ったら、息子がつくったカードだと言われ、息子は1年前に亡くなったと教えられる。生きている間に行きたい場所があって、しかしたどり着けずにその人間が死んだ時、最初の命日に一度だけそこを訪れることができるという不思議な話を古屋が話した。

1月の長野。古屋は信州大学教育学部の特別講義に出かけた。講義で古屋は民俗学は就職の役には立たないが、人生の岐路に立った時、その判断を助ける材料を提供してくれると教えた。講義は永倉助教授の依頼で行われたが実は氏神研究会の記録を永倉教授に依頼していて見つかったと連絡があったためだった。ふたりはその持ち主が住んでいる松本へ出かけ氏神研究会の記録簿を手にすることができた。過って柳田國男が浅間温泉で地元の有識者と氏神研究会を発足させていた。道祖神の位置やその規模が詳細に記録されていた。道祖神の位置から何を確かめようとしていたのか。ふたりは伊那谷の大柊を見に行った。それは500年間、農家の一族を守り続けてきた氏神の木だった。土地の人々のそばに寄り添い見守るだけの存在を日本人は神と見ていた。民俗学にとって、大柊は最後の神の木と言われているが古屋は始まりの木だと言った。

偏屈で優秀な民俗学者・古屋は北から南へ足が悪いことをものともせず日本国中にフィールドワークへ出かける。フィールドワークを通して、“現代日本人の失ったもの"を藤崎に問いかけてゆく。心を照らす灯台が神だった。木と森と、空と大地と、ヒトの心の物語は全部で5話。続きは本を読んでのお楽しみ。


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