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読書を楽しむ「山田太一 読んでいない絵本」

022.JPG                                    30年前、私は渋谷から池尻に向かって歩いて15分ほどの                                  住宅地の一角に四畳半の部屋を借りた                                  台所も便所も共用で風呂はなかったが間借り人は私だけだった                         家主は西城さんという3人家族で夫は工場勤務で、息子は会社勤めだった。                       私の部屋の窓は隣家に接していて、男がひとり住んでいてシューベルトをよく                           歌っていた。                                              男と口を聞いたのは銭湯の帰りに声をかけられたのがはじめだった。                           男は金原と名乗り、家主に聞いた話では結核で父親と妹を亡くしていた。                          2年後、隣の声に女がふたり加わった。                                        ひとりは奥さんでひとりは奥さんの母親だった。                                       銭湯の帰りに金原さんから妻ですと紹介された女性は美しい人だった。                      また、2年後。隣から聞こえてくる声が変わった。                             女性の悲鳴や物が割れる音が聞こえるようになった。夫婦喧嘩がはじまった。                               ところが金原さんがいない時間に聞こえる声は母と娘の穏やかな声だった。                            私が7月に実家に帰り2ケ月部屋を空けて帰宅したら金原さんは病気で                              見舞いにいったら身体は骸骨だった。12月に亡くなった。                          私は4年間だけ間借りして部屋を出た。                               32年ぶりに家主さんの家を訪問したら西城さんの家と隣家は一軒のマンション                         になっていた。                                              私も55歳になっていたので、家主夫婦が生きていれば80後半から90の                      はずだった。                                              勝手にマンションを建てたのは息子だと思って西城家のインターフォンを押したら                  中年の女性が出てきた。女性は金原の妻だった。西城家の息子と結婚したと言った。                 西城夫婦は亡くなっていた。西城家の息子も結婚して3年で亡くなっていた。               二軒の家がふたりの女のものになっていた。                               壁に童画の原画があった。女が描いたと言った。                                   文章は母が書き溜めていると言った。                                  ブックスタンドには絵本が数冊並んでいた。                                     老女は「どうせ、分りゃしないんだから」と言ったので私はまだ読んでいない。                  東京では街そのものの形がどんどん変化するので30年の時を経て訪れれば建物                                に変化があってもおかしくないが住んでいた住人がいつのまにか入れ替わって                   いるという不気味さが恐ろしい。東京には魔物が棲んでいる。


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